欲知島

初出:「韓国の風」第2号/浅香工房/1996
加筆:1997






Yokuji 1


 朝、釜山に上陸して、そのままでたらめに南海岸へ向かう船に飛び乗った。トンヨン(統營)というところで降りた。そこで乗り換えた昼過ぎの船は、青というよりは緑色の強い、静かな海を1時間、南へ走った。折角越えたはずの国境線を、少し押し戻すように動くことになって、船はヨクヂ(欲知)という島へ着くはずであった。私は隣の座席の若い男にここが欲知島かと聞いてから、荷物でごったがえす浮桟橋へあわてて降りた。しかし何のことはない、欲知はこの船の終点であり、放っておいても乗客はみんな降りることになるのであった。
 いくつもの段ボールをかつぐ男、風呂敷包を提げた女。浮桟橋から階段で岸壁へゆっくりと歩き出す。岸壁ではオートバイの若者がこちらを見ている。入れ替わり船に乗り込む水兵が3人。たむろする男達。そこへ煤けたポス(バス)が現われて人を押し退ける。昼下がりの埃っぽい船着場は、ほんの一瞬にぎわった。

 一階が何となく飲み屋のようになっていて、入れ替わり近所の男や女が出入りしてはソヂュ(焼酎)を飲み、くだを巻いているような、あまり品のよくないヨグァン(旅館)があった。港に面した2階のオンドル部屋が気に入ったので泊まることにする。どうせ小さな島だろうと見当をつけてふらふらと散歩に出る。
 船着き場のはずれの旅館の前の道は、枯れて石塊だけになった小川に沿っていた。すぐに上りになって民家の庭先をかすめながら高度をかせぐ。島はとても退屈そうであった。日に三度、朝昼晩と定期船が着くような島だが、船着き場以外は常に眠っているようなものである。
 黒い山羊だとか赤い牛だとか、そんなものの他には音を出す者もいない山道が、ただだらだらと島の奥の方へ続いているのであった。



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